こんにちはミニマリストKentaです。
皆さんはいつも誰の言葉を信じて行動していますか。
自分の本音ですか?
それとも、常識や普通といった正解か不正解か分からないようなものに、囚われていませんか?
まず常識や普通は、自分の考えを持たない人が集まった結果、多数派となり常識や普通と呼ばれるようになると言われています。
今の日本では、周りの意見や常識・普通に流されている人が多い様に見受けられます。
ではなぜ、人は周りの意見や常識・普通に流されてしまうのか。
理由は二つあります。
- 自分の考えや行動に責任を持ちたくない
- 周囲から浮いてしまう
理由1つ目の「自分の考えや行動に責任を持ちたくない」これは何かというと、世間の言う常識や普通に従っていれば仮に何か間違ったことをしてしまっても、自分の考えで行ったわけではないので責任の所在を他者へ転嫁できます。
しかし、周りの意見や常識を信じたとしても、実行したのは本人なので自分の責任。そのため、本質的には外部に責任転嫁することは不可能。
現状の不満を周りの人や常識といった外部要因に責任転嫁し続けても人生は1ミリも良くなりません。なぜなら、外部要因は自分でコントロールできないからです。
つまり、周りの意見や常識・普通に流されるのは「自分の頭で考えたくない」「自分の考えや行動に責任を持ちたくない」という責任感の無さの現れ。
もっと言うと、自分に嘘をつき正直に生きることを放棄した人。
2つ目の「周囲から浮いてしまう」。これは、人間は自分の意見が少数派だと分かれば、自分は変なんじゃないかと不安になります。
多数派から「これが常識」と言われ続けていれば、自分軸がない人は不安になり常識を信じてしまう。少数派である自分は間違っているのではないかと。
周りの常識に合わせず自分の思う普通を貫くと「お前は常識がない」「社会人としてやっていけない」と言われたり、周りから排除され苦痛を伴う。
排除され苦痛を伴うくらいなら、自分の意見を殺し他人に合わせる方がラクと考え常識を信じ込んでいきます。
こういったことを続けていると、最終的に何を信じるべきか分からず、本当の自分を見失ってしまう。
そもそも、周りの声や常識が気になるのは自分の人生に集中・納得していないからです。
人生において、最終的には自分の考えに基づき自身の選択により人生経験を積み上げてきた自分を信じる以外に自分の生きたい人生を生きる術はありません。
しかし、他人の意見や社会常識・普通に流されていては、確固たる自分の軸・価値観を形成することはできない。
本当の意味での非常識は年齢を重ねても尚、他人の意見や常識・普通に流され確固たる自分軸・価値観を持たずに年齢を重ねていることではないかと思うんです。
何も積み上がっていないただの年齢を重ねた人になってしまう。
自分を信じず周りの意見や常識に流されていては、いざという時に何を信じればいいのか分からなくなり、頼るものがありません。
仮に周りの意見や常識に沿って生きてきたとします。そこで人生失敗しても常識・普通はおろか、周りの人は何も助けてくれません。
もっと自分に正直に生きればよかったという後悔しか残らないでしょう。
自分を信じて正直に生きた結果での失敗であれば後悔はない。
人は他人の生き方に常識や普通を押し付けてくるのに、本当に無責任すぎる。そもそも最初から、他人の人生に責任を持てないのは明らかなので、とやかく言わないで欲しい。
自分が自分の一番の味方であり、自分を信じられるように。
そのためにも、周りの意見や常識・普通に振り回されず自分の気持ちに素直に正直に生きていきましょう。
おしまい。
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